赤穂城

兵庫県赤穂市にある赤穂城に行きました。

本丸門
本丸門

赤穂城(あこうじょう)といえば「忠臣蔵(ちゅうしんぐら)」に出てくる赤穂浪士が有名です。

大石邸長屋門
大石邸長屋門

三の丸には昭和53年(1978年)に復元されたものですが、大石内蔵助の一家三代が57年にわたり住んでいたとされる大石屋敷もあります。

赤穂城は元和偃武(げんなえんぶ)後の慶安元年(1648年)から13年の歳月をかけて築かれた城郭で、縄張りは本丸と二の丸が輪郭式(りんかくしき)に配され、その北側に三の丸が梯郭式(ていかくしき)に置かれた、変形輪郭式です。

藩の家臣で軍学師範の近藤正純が設計し、築城工事中の承応2年(1653年)に、当時の著名な軍学者であった山鹿素行(やまがそこう)の助言により、二の丸門周辺の縄張りが一部変更されています。

山鹿素行の銅像
山鹿素行の銅像

そして赤穂城の注目点は井戸。

赤穂城の井戸は、よくある深く掘り下げた井戸ではなく、千種川(ちくさがわ)の中域から水を引いた上水道なのです。

赤穂城一帯は井戸を掘ると海水が出る地域でした。

そのため飲料水確保のために7km先の千種川から水を引き、城の北600mあたりの「こし場」と呼ばれる浄水施設にて炭などを使い浄化、その後地中の配水管から配水される仕組みだったそうです。

本丸跡の旧水道角枡
本丸跡の旧水道角枡

本丸跡では上水道があったことを示す復元がなされています。

天守台
天守台

なお、赤穂城では5層天守の造営も計画されていたようですが、幕府への遠慮か財政難の為か造営されず、天守台が残っているのみとなっています。

その後、明治時代前期に城内の建物は破却され残されたものは石垣と堀のみでしたが、昭和中期から平成にかけて櫓・門・塀・庭園が徐々に再建され、現在も二の丸庭園の再建が進められています。

日本100名城スタンプ

日本100名城スタンプ
日本100名城スタンプ

フォトギャラリー

周辺マップ

赤穂城の住所は「兵庫県赤穂市上仮屋1424-1」です。

最寄り駅は播州赤穂駅ですが、駅から赤穂城まで距離があるので駅から歩いて行くのは大変かもしれません。

駅からはバスが出ているようなのでそちらを利用した方が無難でしょう。

その他詳細は下のGoogleマップを参照して下さい。