備中高松城

岡山県岡山市にある備中高松城です。

備中高松城
備中高松城

備中高松城(びっちゅうたかまつじょう)は天正10年(1582年)羽柴秀吉が毛利氏配下の清水宗治の守備するこの城を攻めた際に、水攻めによって包囲したことで知られています。

羽柴秀吉の本陣場所
羽柴秀吉の本陣場所

ちなみに上の写真は備中高松城から撮影したものですが、中央付近に小さく見える白い旗のところが、この城を攻めた際に秀吉が本陣を置いた場所なのだそうです。

そしてこの水攻めの最中に秀吉の主君である織田信長が明智光秀に討たれます(本能寺の変)。

その報を聞いた秀吉は信長が討たれた事実を隠匿するとともに早急に毛利方と和睦を交渉。

河辺川(高梁川)と八幡川以東の割譲(備中・美作・伯耆の3か国)、そして清水宗治(しみずむねはる)の自刃を条件として毛利方と和睦を成立させ、城主清水宗治の切腹を見届けた後、明智光秀を討つために軍を姫路へ引き返しました(中国大返し)。

清水宗治は毛利氏への忠誠心厚く、秀吉の降伏勧告にも応じなかったと言われています。

そのため備中高松城は水攻めにあって落城寸前に追い込まれ、天正10年(1582年)6月4日、水上の舟において切腹することとなりました。

清水宗治の首塚
清水宗治の首塚
清水宗治の胴塚
清水宗治の胴塚

本丸跡に清水宗治の首塚、そして備中高松城から少し離れたところに清水宗治の胴塚があります。

そして、この付近には「清水宗治公自刃之跡」や「高松城水攻築堤跡」もあります。

いずれも秀吉による備中高松城水攻めの関連史跡なので、備中高松城を訪れた際はこれらも一緒に訪問しておきましょう。

続日本100名城スタンプ

備中高松城は続日本100名城の一つです。

ですが僕が行ったときはまだ続日本100名城スタンプが設置される前だったので、スタンプをもらい損ねました。

いずれもう一度行ってスタンプをもらいに行く予定です。

フォトギャラリー

周辺マップ

備中高松城の住所は「岡山県岡山市北区高松558-2」です。

最寄り駅の備中高松駅からは、歩いて10分程度です。

またさほど広くはないものの駐車スペースもあるので、車で行っても大丈夫でしょう。

その他詳細は下のGoogleマップを参照して下さい。