この記事では、北海道石狩市にある「庄内藩ハママシケ陣屋」を紹介します。

概要

歴史

大手門
大手門

庄内藩ハママシケ陣屋は幕末の万延元年(1860年)、幕府から西蝦夷地の警備を命じられた庄内藩によって建設されました。

陣屋は山肌を削って平らな場所をつくり、そこに神社・土蔵・湯屋などが建てられたそうです。

その後慶応4年(1868年)に戊辰戦争の勃発すると陣屋の総引き揚げが行われ、9年間の庄内藩による陣屋経営は終了しました。

現在は木造の大手門が遺構として残されています。

ハママシケの語源

ハママシケの語源については、旧村名の「益毛」に「浜」を加えたとする説と、アイヌ語の「アママシュケ」からきたという説の2つがあります。

ちなみにアママシュケは「穀物を煮る・背負う」などの意味があります。

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周辺地図

庄内藩ハママシケ陣屋の住所は「北海道石狩市浜益区川下6」です。

細い道を入っていくことになるので車で行く際は注意して下さい。