この記事では、北海道函館市にある「一本木関門」を紹介します。

一本木関門は箱館戦争中、新撰組元副長の土方歳三が戦死した場所とされています。

概要

歴史

一本木関門
一本木関門

1869年(明治2年)5月11日、土方歳三率いる一隊が弁天台場の救援に向かう途中、一本木関門付近で戦闘になり、その際に土方歳三が腹部付近を小銃で撃たれ戦死したとされています(土方歳三の最後については諸説あり、今のところ一本木関門戦死説が最も有力だそうです)。

一本木関門のとなりには「土方歳三最後之地」の石碑があり、写真や花などが手向けられています。

土方歳三最期之地
土方歳三最期之地

なお、現在の一本木関門は簡易に再現したものであり、実際は現在の函館市若松町と海岸町の境界付近にあったようです。

猿田彦塚

一本木関門のある若松緑地には、猿田彦塚があるのであわせて紹介します。

猿田彦塚の石碑
猿田彦塚の石碑

猿田彦塚は文化14年(1817年)に一本木付近に建立され、箱根村と亀田村との境界標でした。

その後、旧若松小学校西側の鶴若稲荷神社の境内内にあったようですが、鶴若稲荷神社が昭和20年の疎開による移転で取り壊され、その際に塚もなくなったそうです。

昭和31年に付近の民家の家から字を刻んだ猿田彦塚の破片の一部が見つかり、発見した石の破片を使用して昭和33年に猿田彦塚を復元したものが現在の二つの石碑です。

石碑には「猿田彦大神、細女命、右箱左亀」と刻まれています。

猿田彦大神は道案内の他、開運、方位除け、事業発展の御利益があり、また細女命は「あめのうずめのみこと」のことで「芸事の上達を叶える芸能の神」の御利益があります。

なお、猿田彦大神と細女命は夫婦とされています。

フォトギャラリー

周辺地図

一本木関門の住所は「北海道函館市若松町34-1」です。

若松緑地内にあるので、もしかしたら分かりにくいかもしれません。

なお駐車場もないので車で訪れる際は注意して下さい。