この記事では、北海道檜山郡江差町にある「開陽丸終焉之地」を紹介します。

概要

開陽丸終焉之地碑
開陽丸終焉之地碑

箱館戦争真っ只中の1868年(明治元年)11月15日、幕末最強の戦艦「開陽丸」は江差沖にて座礁、その後離礁を試みるも成功せず、11月下旬に沈没してしまいました。

その座礁・沈没した地点が、「開陽丸終焉之地」です。

ちなみに遡ること一年前の1867年(慶応3年)11月15日には京近江屋で坂本龍馬が殺害されており、開陽丸が座礁した日は坂本龍馬の一周忌にあたります。

開陽丸沈没地点
開陽丸沈没地点

開陽丸が沈没した正確な地点については長年知られていませんでしたが、1974年(昭和49年)8月、ダイバーが砲弾11発など約20点に及ぶ開陽丸の遺品を海底から引き揚げたことにより沈没地点が判明、翌年から10年間にわたって引き揚げ作業が行われました。

これが日本初の本格的海底遺物の発掘で、水中考古学の出発地点と位置づけられているようです。

開陽丸は、1990年(平成2年)に「財団法人開陽丸青少年センター」として実物大で復元されています。

周辺地図

「開陽丸終焉之地」の住所は「北海道檜山郡江差町字中歌町193-3」です。

江差追分会館
江差追分会館

「開陽丸終焉之地碑」自体は小さくて分かりにくいかもしれませんが、すぐ近くに「江差追分会館」があるので、それを目印にすると目的地に早くたどり着くでしょう。