岡山県岡山市にある清水宗治公自刃之跡に行きました。

清水宗治公自刃之跡は、羽柴秀吉による備中高松城の水攻めの際に、清水尚治公が自刃した場所とされています。

この記事では、清水宗治公自刃之跡の歴史と写真を紹介します。

歴史と概要

清水宗治公の墓
清水宗治公の墓

このお墓は、備中高松城趾から5分ぐらい歩いたところにあります。

ちなみに中央の五輪塔は供養塔で、その右下にある墓石が宗治公のものだそうです。

天正10年(1582年)6月4日、清水宗治は羽柴秀吉による水攻めに対して抵抗しますが、物資の補給路を断たれて孤立。

宗治は城兵の生命保全と引き換えに降伏し、切腹しました。

切腹は小舟に乗ってその船上で行われ、供養塔はその場所に建てられているそうです。

ごうやぶ遺跡
ごうやぶ遺跡

清水宗治公の墓の近くにごうやぶ遺跡があります。

ごうやぶ遺跡は、清水宗治を追って宗治の家臣達が互いに刺し違えて殉死したところと言われています。

フォトギャラリー

自刃之跡入口
自刃之跡入口

周辺マップ

清水宗治公自刃之跡の住所は「岡山県岡山市北区高松689」です。

備中高松城趾からそれほど離れていないので、道に迷わなければすぐ到着するでしょう。