北海道函館市にある志苔館に行きました。

志苔館は続日本100名城の一つであり、また「道南十二館」の一つにも数えられる歴史の古い史跡です。

このページでは、志苔館の歴史と写真を紹介します。

歴史

志苔館跡
志苔館跡

志苔館(しのりだて)は志濃苔館(しのりだて)とも呼ばれ、その歴史は14世紀末頃(つまり1300年代の末頃)まで遡ります。

当時津軽海峡を統括していた安東氏(安藤氏)は交易活動を行うため、当時蝦夷島(えぞがしま)と呼ばれていた北海道の南部に進出しました。

その際に安東氏の家臣達によって渡島半島の沿岸部に館(たて)と呼ばれる城塞が築かれ、それらがのちに「道南十二館」と呼ばれるようになり、志苔館もそのうちの一つに数えられています。

志苔館の築城者は安東氏の家臣である小林氏、また「道南十二館」の最東端に位置する館であり、年代が推定されている中では最古の館とされています。

ちなみに、志苔館はその南西約100メートルの地点から計38万7514枚の銅銭が発見され、これは日本国内で一カ所から発見された古銭としては最大級の量であり、志苔館の周辺における交易がいかに活発なものだったかを雄弁に物語っています。

その後、康正2年(1456年)夏から大永5年(1525年)春にかけてアイヌの蜂起が相次ぎ、志苔館も長禄元年(1457年)のコシャマインの戦いや永正9年(1512年)のショヤコウジ兄弟の戦いなどで、アイヌ方の激しい攻撃にさらされ2度にわたって陥落。

その後、安東氏の家臣である蠣崎氏が松前氏を名乗って蝦夷地を支配するようになると、志苔館を含む「道南十二館」はその役割を終えました。

現在、建築物はありませんが、土塁と空堀はよく残されています。

続日本100名城スタンプ

スタンプ
スタンプ

続日本100名城のスタンプは、主郭部と慰霊碑の中間地点にある東屋に設置してあります。

スタンプ台
スタンプ台

フォトギャラリー

周辺マップ

志苔館の住所は「北海道函館市志海苔町」です。

正確な番地は出てこないのでGoogleマップなどを頼りに探して下さい。

志苔館付近には案内板もあるのですが、案内板自体が小さいのでかなり気づきにくく、また付近には駐車場もないので、車で行く際は気をつけて下さい。